Profile



  代表取締役 入 良次 Ryoji Iri
 埼玉で穀物関連機械の製造販売・修理を中にして事業を展開。「損得で仕事をするな。」そう断言する社長の歩みについてご紹介します。

Profile

出身地: 埼玉県
出身校: 埼玉県立本庄北高等学校
出生年: 1961年
こだわり: トイレ掃除
趣味: 読書、映画鑑賞、ウォーキング
特技: どこでもすぐに寝られる事
座右の銘: 「日々の努力」
心に残る本: 『生き方』稲盛和夫、『何のために働くのか』北尾吉孝
尊敬できる人: 稲盛和夫氏、渋沢栄一
現在の仕事の魅力と苦労:
現在は経営・営業、または開発・新規事業への取り 組みなどに従事していますが、昔も今も新しい事にチ ャレンジすると既存の企業から圧力がかかる場合が あり、苦慮しています。競合する相手が大きな企業に なるため、未だにその状況から抜け出せない状況で す。しかしお客様の暖かい支持などをいただくなど、 会社が必要としてくれていることが励みになっていま す。
日本を背負う若者へのメッセージ:
「思いは、必ず形になる。」この言葉を贈ります。
自分の思いを諦めずに日々の生活の中で、努力し続 ければ必ず形になることでしょう。
History

幼少〜学生時代:
比較的貧しい農家の5人兄弟の末っ子として生まれ育ちまし た。すぐ上の兄と6歳離れているので、あまり兄弟けんかなど をした記憶はありませんね。小学生に上がるまでは数を5まで 数えられない子どもだったのですが、お金の計算だけはでき ていたそうです。農家で幼いころからお遣いに行き、お店の方 がおつりを間違えると、帰りながら計算しておつりが足らないと 言っていたようです。高校時代はほとんど勉強をせず、サッカ ーとアルバイトと遊びに明け暮れていました。家には学生時代 から寝にだけ帰る生活を送っていた記憶があります。
社会人時代:
学生時代から将来はサラリーマンでなく自営業をすると決め ていました。きっと13歳離れている長男の兄が、ラーメン屋をし ていた影響だと思います。起業するまで何の仕事で起業する か模索していた気がします。高校を卒業後、養豚の設備をして いる会社に入社して、そこで中型コンピューターのソフト開発 に携わり、その後養豚管理のソフト開発及び販売業務に移行 しましたが、事情があり退社することになりました。その後、兄 のラーメン屋を手伝いましたが、排水処理の会社へ入社し現 場管理と設計を経験。社長と意見が合わず3年で退社し塗料 の営業を経験したのち起業しました。偶然ですが、すべてが良 い経験で、パソコンでのデータ収録や一般業務・プラントエン ジニアの基礎経験・営業やラーメン店など今の会社を作る上 で大変役に立っています。
起業のきっかけ:
28歳になり自分でそろそろ自営業を始めようと考えていたこ ろ、塗料の仕事での自立は自分には向いていないと考えてい て、長年バイトなどで慣れ親しんだ兄と同じラーメン店を始め ようと、準備していました。
偶然ですが、塗料の営業先で以前排水処理の会社にいたこ ろの協力会社の社長と出会い、ラーメン屋をする話をしたとこ ろ、「おまえはラーメン屋ではなく、エンジニアの仕事をしろ」 と、今の基盤となるJAの穀物乾燥施設の仕事をしている広島 の大手の会社を紹介してくれました。出会った社長は、排水の 仕事をしていたころの自分の仕事ぶりを認めていたようです。 当時はバブルの絶頂期でどんな人間も自営を始められる時 代だったと思います。自分もその一人ですね。起業のチャンス は、今まで何事も一生懸命に取り組んでいれば、どこかで誰 かが見ていて認めてくれている事を感じた出来事でした。
起業当初:
起業した時の貯金は100万しかなかったため、そのお金で中 古の車や工具などを購入して仕事を始めました。バブルの時 代で、人不足の状態でしたので、仕事は休む暇もなくあり、生 活が何とかしのげる状態でした。若い時に聞いたある方のお 話が、起業してからも自分の指標になっていると思います。
『人はお金持ちでも貧乏でも、美人でも不細工でも平等に1日 24時間という時間がある。人は生きる為に一日8時間働き、8時 間休むために寝て、のこり8時間自由な時間がある。それを人 生75年に例えると、25年間働き・25年間寝て・25年間自由な時 間がある。その自由の25年間の時間の使い方が自分の人生 を決めるのだ』自分は寝る以外のすべての時間をできるだけ 仕事に費やし、人一倍の仕事経験を積んできました。
この経験の積み重ねが、いまの自分を作っているのだと思い ます。今風に言えば、自分の自由な時間を自分のスキル向上 のために費やしてきたのでしょう。きっとこれからも走り続ける でしょう。
今後の目標:
株式会社ニューエンジの設立から始まり、オリジナル商品を 持ちたいと言う気持ちから、商品名でハーフパイプと言うコン ベヤを開発し、コンベヤメーカーとしての地位を確立したい思 いで、ハンソー株式会社を立ち上げました。
今後、ニューエンジは疲弊している米農業に新しい風を起こそ うと思っています。まずは、米の販売力を持つために新しい 『加工米』発芽白米『ベイヘルシー』(世界では、メジャーな加 工方法)パーボイルド加工を日本米にアレンジして開発した加 工米の販売を開始します。これを皮切りに販売店のフランチャ イズや生産者への支援事業などへと将来は、展開していきた いと考えています。お米を生産しても十分に儲かる・息子が是 非農家を継ぎたいと言うような農業モデルを模索して構築して みたいです。個人的には、70歳まで事業経営をして上記の内 容を何とか達成したい考えです。その後の10年は、ボランティ ア活動をして80歳までは走り続けたいですね。
※賢者.TV 様で紹介させていただいた時のインタビュー内容をもとに作成しております。

ニューエンジグループ

株式会社ニューエンジ ハンソー株式会社 SAKURA物産株式会社

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